それはハッピーエンドなんだ

写真と音楽、生活や旅の話、時々自転車やレコードについて

夏休みが呼んでいる


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出来上がったフィルムロールをチェックしながら

ようやくこの記事が書けることを嬉しく思う。

今回はフィッシュマンズ、サトちゃんこと佐藤伸治さんのことです

 

夏休みが呼んでいる(家族・父親のこと)

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昨年、父が他界したとき

父の今までの奔放な生き方から、

ぼくは葬式をあげることにあまり前向きでなかった。

 

COPDという病を患っていた父は

最期まで煙草を辞めずに死んで行ったわけなのだけど

自分の死期が近付いていることをわかっていたはずなのに

いろいろと困りごとを現世に残して逝ってしまった。

 

普段は、覗くことも見ることもない父の書斎の机から

出てくる書類や、過去のあれこれ。

そういったもの全てをぼくが責任を取らねばならないということも

理解していた、ということもあり葬式自体にあまり前向き出なかった。

 

それ以上にかかるお金がたくさんあったからだ。

 

ごく小さな式でさえ葬式をあげることには沢山のお金がかかる。

棺ひとつとったってピンキリで高いものでは100万もするものだってある。

 

それでも、最期を看取ってくれた内妻の女性は

「小さくてもいいからお葬式をやろう」と言ってくれた。

 

ぼくは物心ついた頃から、父と一緒に暮らしていなかったし

週末に顔を出す程度で、思春期にはよくドラマなどで見る

「父親らしいことなんて一つもしたことないくせに」なんていう

言葉を使ってしまったこともあった。大喧嘩。

 

それでも、優しい父はぼくに手をあげることはなかった。

 

唯一手をあげられたのは

小学3年生の頃にお店のものを盗んで店員さんに捕まった時

父親が迎えに来てくれたのだけど、その時に一度だけ顔をはたかれたことがあった。

 

その時の父はとても興奮していて、一ヶ月ほど音信不通で会うことはなかったが

ある日連絡がきて「おねえちゃんとおにいちゃんも呼んで焼肉でもいこう」と

父からの電話。気まずい雰囲気のなか焼肉に行ったことを覚えている。

 

あの気まずい空気を全身で感じた時間を過ごしたあのお店は

今じゃパチンコになっている。

 

自由奔放で気まま、自分勝手でお金のことになるとトラブル続き

それでも子供が大好きで、ぼくが大人になってから

一緒に食事に行ったとき隣のテーブルに座っていた小さな赤ちゃんと目があうと

子供をあやす父の姿はとても強く印象に残っていて

うちの母や、父の兄弟が抱く父のイメージとぼくの知っている父とでは

隔たりがあることを感じていた。

 

そんなこともあり、ぼくはそんな自由奔放で気ままで自分勝手な父のことを

意外に好きだった。

ぼくは父に愛されていたという実感を強く感じていたということだ。

 

それでも、父が他界したときの葬式に関してはぼく自身前向きでなかったのだけれど

最終的には、内妻の女性が式をあげてくれた。

喪主はぼくが務め、父と親交のあったぼくの友人と彼女

内妻のご家族などを含めた、ごく少数だけの

本当に小さな葬式を執り行った。

 

その葬式を行ったのが、東京都江戸川区にある

平安祭典 葛西会館だった。

 

父がなくなったのは3月17日、あれからもう一年以上経ったんだ。

 

 

夏休みが呼んでいる(フィッシュマンズ・佐藤伸治のこと)

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フィッシュマンズ、サトちゃんこと佐藤伸治さんのことを書くにあたり

なぜ、父親のことを書いたかというと

これは、あとで知ったことなのだけれどサトちゃんがお葬式をしたのは

父が葬式を行った、平安祭典 葛西会館だったのだ。

 

それは、糸井重里さんのブログ

ほぼ日刊イトイ新聞に書いてあった。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 夏休みがフィッシュマンズを考えている。

 

また、この記事のタイトルにもした「夏休みが呼んでいる」というのは

イトイさんの記事にも書かれているライターさん"夏休み"さんから引用しているのもあるし

実際にぼくがサトちゃんのお墓参りに行った2020年5月18日も

夏のように暑い日だったということも重なっていたので

このように表現をした。

 

フィッシュマンズというバンドの存在は以前から知っていたが

曲は唯一「いかれたbaby」のみ知っていた。

 

その理由は、忌野清志郎さんがハナレグミと一緒にうたっていたYOUTUBEを見ていたこと

渋谷EggmanのANNIVERSARYでandymoriの小山田壮平さんが彼女である清水美和子さんと一緒に

この「いかれたbaby」を歌っている動画をYOUTUBEで見ていたことに由来する。

 

忌野清志郎という存在と、小山田壮平という存在はぼくの生きる上で

とても重要な存在であるのでこの二人が歌っているということだけで

強く興味をひくのだが、なにより「いかれたbaby」という曲自体がもつエネルギー

弱さ、優しさにとても痺れていた。

 

ずっと、フィッシュマンズを知っていたけど

この「いかれたbaby」のみリピートしていたのだけれど

父の葬式とサトちゃんの葬式が同じ場所ということに

なぜか縁を感じ、フィッシュマンズをもっと深く聞いてみようという気持ちへと

次第になっていった。

 

サトちゃんが亡くなったのが、1999年3月15日

父が亡くなったのが2019年3月17日

まさか、こんな形でフィッシュマンズに縁を感じるとは思ってもいなかった。

 

そこで、サトちゃんの墓について調べたところ

なんと千葉の長生郡にあるっていうじゃないか。

ぼくは毎年、夏になると千葉の御宿へボディーボードをしに行くので

あの辺りはよく車で通る。

何か色々と縁を感じて、サトちゃんの墓参りに行った。

 

墓参りにいく前日は強く雨が降っていて

土砂降り。窓をしめていても雨音が強く聞こえる夜だった。

 

「明日サトちゃんの墓参りに行く」っていうのに

なんだか、湿っぽい気持ちになっていた。

その夜はずっとフィッシュマンズの曲をリピートしながら

父のことを想い、サトちゃんのことを考えていた。

 

翌朝起きたら、カラッと晴れた晴天でとても暑かった。

まるで夏のような日差しと気温。

一緒に着いて来てくれるといったバンド仲間で親友のツバサが

自慢のバイクでうちまでやってきた。

 

半袖半ズボンのぼくを見て「夏やな」と言って一緒にサトちゃんの墓を目指した。

 

夏休みが呼んでいる(自分・友達のこと)

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フィルムロールを新しくして、一発目の写真はだいたいこんな感じで

見切れてしまうことはよくあって

なんとなく、この日も見切れているような気がした。

 

気がしたのだけど、なぜか2回目のショットがはずかしく

わかっていたけど、こうなった。

 

でも、これでいい。

ここに大切な友達と来れたこと

墓参りまで向かう道中、車のなかで友達と音楽の話で持ちきりだった。

 

バンド仲間の彼から忌野清志郎さんのことや

いろんなバンドのことを教えてもらった。

この日もツバサはヒロトのTシャツを着ていたのもとても可愛く思う。

 

車のなかではずっと父のことやサトちゃんのこと

また、すでに他界していた母親のことや

死んでしまった友達のことを想っていた。

 

この二人ならんだ写真もいつか古くなってしまうけど

一緒に来れた事実は変わらないからね

ありがとうって思っています。

 

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2人の物語はいつでもあの日のまま

いくつもの時がたっても

 

消えない飛行機雲も

あの日のままだよ

 

こんどもここでずっと会える

 

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ぼくはぼくの生き方と表現をして

家族や友達、ぼくと関わってくれる人を大事にして行きたいと

思っています。

うまくやれないこともたくさんあるけど

こういう想いは嘘じゃないです。

 

これからも楽しむぞ〜

それにしても、やっぱりフィルムカメラと

ぼくの人生観はとってもあっているなぁと

この記事を書きながら改めて思いました。

現像してみなきゃわからない、この感じ

やっぱりフィルムカメラが大好きです。

 

また、墓参りに行くね。

もちろん、父親のところにも母親のところにも。

サトちゃんのところにも〜。

 

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