それはハッピーエンドなんだ

フリーランスを卒業して起業した30代独身男の、写真と音楽と旅と日常の記録。

新宿眼科画廊で青山裕企さん「写真と青春」を観てきました|「少女礼讃」と写真のまなざしについて


新宿三丁目の新宿眼科画廊で開催中の青山裕企 写真家20周年記念展「写真と青春」へ行ってきました。

個展タイトルどおり、青山さんの歩みを総覧できる内容で、「ソラリーマン」「スクールガール・コンプレックス」「少女礼讃」など代表作の系譜が一堂に並び、20年の地層が手触りとして伝わってきます。

この記事では、展示を観て感じたこと、青山裕企さんという写真家について、そして「少女礼讃」という作品をどう受け取ったのかについて、鑑賞者としての目線で書いていきます。

キーワード:新宿眼科画廊/青山裕企/写真展/少女礼讃/東京写真展/ポートレート/2025

 

 

 

 

 

1. 会場でまず感じたこと|展示構成と“青春”

スクールガール・コンプレックス

会場に入って最初に感じたのは、シリーズごとに異なる「体温」の違いでした。

ビジネス街で跳躍するスーツ姿の「ソラリーマン」には、社会の重力から一瞬解放されるような可笑しみと切実さがあります。

一方で、学生文化の象徴を捉えた「スクールガール・コンプレックス」「少女礼讃」には、匿名的でありながら、確かな個の輪郭がたちのぼっていました。

これらが「青春」という大きなフレームの中に並置されることで、青山作品の核にある“記号と個の反復”が立体的に見えてきます。

 

タイトルの「写真と青春」には、20年という時間の重みと、写真が持つ不可逆性が響き合っているように感じました。

青春は過去になると同時に、現在も更新され続ける心的な状態でもある。

写真はその更新に寄り添い、時に先回りして「もう戻らない瞬間」を提示してくれます。

青山さんの展示は、その再現と再発見の装置として、とても素直に楽しめるものでした。

 

 

2. 青山裕企という写真家について|略歴・代表作

お花も届いておりました

青山 裕企 | Special|Creator's Value クリエイターズ・バリュー

青山裕企さんは1978年、名古屋市生まれ。2005年に写真家として独立し、受賞歴にキヤノン写真新世紀優秀賞があります。

代表作は『ソラリーマン』『スクールガール・コンプレックス』『少女礼讃』など。

“日本社会における記号的な存在”をモチーフに、匿名性と個の気配が共存するポートレートを数多く発表してきた写真家です。

 

今回の企画は写真家20周年記念展で、「Then(いままで)」という副題のとおり、これまでの代表的な作品・著書・仕事を一堂公開する総覧構成でした。

シリーズ単体で観るのとは違い、20年分の仕事が横に並ぶことで、青山さんがずっと見続けてきたもの、そして少しずつ変化してきた距離感が見えてくる展示だったと思います。

 

 

3. 「少女礼讃」をどう観るか|記号・まなざし・倫理

少女礼讃

結論:私は「少女礼讃」を、“記号としての〈少女〉をどう映すか”という視点で観ました。そこにあるのは、個人の肖像でありながら、社会が投影してきた「少女」という概念の層を可視化しようとする試みだと感じます。

まず、鑑賞するうえで大前提として、作品を性的な目線で消費しないことはとても大切だと思いました。

ポートレート作品は、撮影者、被写体、鑑賞者の関係性の中で成り立つものです。

だからこそ、被写体の尊厳や安全、制作における同意や配慮、そして鑑賞者側のまなざしの節度が必要になります。

 

「少女」という言葉には、どうしても社会的な記号性がまとわりつきます。

若さ、未成熟、透明感、制服、学校、季節、記憶。

そうしたイメージは、個人の実像とは別に、社会の中で長く蓄積されてきたものです。

青山さんの作品では、その記号性をただ肯定するのではなく、画面の中で一度立ち止まらせるような距離があると感じました。

 

会場で印象に残ったのは、露出や派手なポーズではなく、立ち姿・手の位置・視線の方向といった、とても静かな要素です。

被写体が何かを強く語るというよりも、そこに立っていることそのものが、こちらの視線を問い返してくるように感じました。

鑑賞者は、写真を見ると同時に、自分がどう見ているのかも見つめることになります。

 

本記事では、作品の倫理面に配慮し、性的な描写や過度な解釈は行いません。作品は作者と被写体、そして鑑賞者の間に成り立つ共同作業でもあります。私たち観客は、その共同作業の一端を担う者として、尊重と節度を持って向き合うべきだと考えています。

「少女礼讃」を書籍で深掘りしたい方へ

 

 

4. 私的ハイライト|余白の使い方と“距離”の設計

スクールガール・コンプレックス

今回の展示で強く残ったのは、余白の使い方でした。

画面の端に漂う空間、被写体と背景の距離、プリントのサイズが生む“呼吸”。

被写体の表情が過剰に説明しないぶん、こちらの記憶の引き出しが自然と開いていきます。

 

私は「少女礼讃」の前でしばらく足を止め、“どの距離で立つと呼吸が合うか”を何度か探りました。

半歩下がると、個が社会の記号に埋没せず、逆に半歩近づくと、記号が個の背後に退いていく。

その往復運動こそ、青山作品の読み方の一つかもしれません。

 

また、シリーズ横断で見ると、身体そのものよりも、姿勢の重心に作者の関心があるように感じました。

跳ぶ、立つ、歩く、止まる。

小さな運動の前後に潜む意志。

記号化される身体が、ある瞬間だけ個へと回帰する。その刹那を待つ視線が、展示全体の“温度”を統一していたように思います。

 

 

5. これから観に行く方へ|混雑・時間帯・鑑賞のコツ

新宿眼科画廊
  • 時間帯:平日の昼〜夕方は比較的ゆったり鑑賞できました。最新情報は新宿眼科画廊の展示ページで確認してください。
  • 作品との距離:半歩の前後で印象が変わるタイプの写真です。複数回、立ち位置を変えてみると発見があります。
  • 図録・書籍:入門には代表作の写真集が最適です。展示後に読み返すと理解が一段深まります。
  • アクセス:会場住所と地図は公式ページで最新情報をご確認ください。

 

新宿眼科画廊は、新宿三丁目から歩いて行きやすい場所にあります。展示を観たあとに、周辺の喫茶店や書店を回るのも楽しいエリアです。

写真展は、見終わったあとにすぐ言葉にしなくても良いと思います。

少し歩いて、街の風景を見て、あらためて写真の余韻が戻ってくる。新宿という場所も含めて、良い鑑賞体験になりました。

 

 

7. 展示情報・関連リンク

 

 

8. まとめ|「写真と青春」と私の現在地

新宿の空

写真は、被写体、撮影者、鑑賞者の三者で立ち上がるものだとあらためて思いました。

「少女礼讃」は、その三者の関係を最も繊細に要求するシリーズです。

匿名化された記号と、そこに宿る個の気配。そのあわいを見つめることは、社会の眼差しを見つめ直すことでもあります。

 

青山裕企さんの20年間は、記号と個の両極を何度も往復しながら、“人が社会に引き寄せられつつも、社会を少し押し返す”瞬間を、軽やかに、しかし真剣にすくい上げてきた歴史だと感じました。

会場を出ると、新宿の風景が少し違って見えます。

制服でも、スーツでもない普段着の人々の歩き方に、あの写真の重心が重なって見えるのです。

 

「写真と青春」というシンプルな組み合わせの中に、これほど多くの時間と問いが詰め込まれていること。

その豊かさに触れられただけでも、会場へ足を運んだ価値がありました。

 

 

 

今回も最後まで読んでくれありがとうございます。

 

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