それはハッピーエンドなんだ

フリーランスを卒業して起業した30代独身男の、写真と音楽と旅と日常の記録。

写真家・森山大道さんの映画と写真展へ|はじめての森山大道と路上の記憶


写真家 森山大道さんの映画と写真展へ行った記録

東京は緊急事態宣言発出中ではありましたが、この展示と映画だけはどうしても行きたいと思っていました。

 

もちろん感染症対策は万全に。

 

人混みを避け、距離を取りながら、森山大道ワールドに全身で浸かってきました。

 

今回は、ほぼ日さんの展示「はじめての森山大道。」と、映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』を観に行った記録です。

 

写真、ロックンロール、ジャック・ケルアック、アメリカ横断、そして路上。

 

自分の中でバラバラに存在していたものが、森山大道さんを通じてひとつに繋がっていくような時間でした。

 

 

 

はじめての森山大道。

ほぼ日刊イトイ新聞 はじめての森山大道 展示ページ

はじめての森山大道。 - ほぼ日刊イトイ新聞 -

はじめての森山大道。- ほぼ日刊イトイ新聞

 

恥ずかしながら、森山大道さんという方を知ったのは昨年11月のことでした。

 

www.happyendnanda.com

 

こちらの記事にもまとめていますが、本当にはずかしながら、森山大道さんとの出会いは、カメラを新しく買うか買わないか、フィルムかデジタルかで悩んでいるときでした。

 

そのときにはじめて森山大道さんという写真家を知りました。

 

だから、今回のほぼ日さんが開催している「はじめての森山大道。」という展示は、ぼくにとって本当の意味で、大道さんの作品に触れる最初の機会でした。

 

タイトル通り、まさにぼくにとっての「はじめての森山大道。」となりました。

 

路上で繋がった、ぼくと大道さん

会場でいただいた森山大道フィルム風しおり

会場でいただいた / 森山大道フィルム風しおり

ぼくは元々、ロックンロールが大好きです。

 

森山大道さんとの出会いは、そこから始まります。

 

母親の強い影響で、ぼくは幼少期から音楽、特に洋楽に関心がありました。

 

もちろん、ぼくは英語なんてわかりませんでしたから、歌詞はよくわかりません。

 

ましてや、うちの母親はSKID ROWやKISSが好きでしたから、いわゆる邦楽ロックが家で流れていることはあまりありませんでした。

 

どちらかというとJ-POPはよく流れていましたが、ぼくの中では「ロックといえば洋楽」というイメージが非常に強くありました。

 

そして、中学生の頃にギターを始めます。

 

そこから、ぼくはぼくなりに自分の音楽を探求し始めました。

 

母親が聴いていたハードロックも通りましたが、自分的にはそこまで深くハマらず。

 

そのとき、学校に転校してきた友人のおかげで、ザ・ブルーハーツやGOING STEADYというバンドに出会います。

 

そして、のちにその2つのバンドがボブ・ディランというアーティストの影響を受けていることを知ります。

 

そこから、ボブ・ディランを追求していくことになりました。

 

すると、ボブ・ディランが強く影響を受けた本があることを知ります。

 

それが、ぼくと森山大道さんの接点でもある、ジャック・ケルアックの『路上』という本でした。

 

もちろん、ザ・ブルーハーツのマーシーこと真島昌利さんも、ケルアックのTシャツを着ていたりします。

 

ディランからケルアックへ。

 

それが20代前半の頃のぼくでした。

 

それから、ビート文学、ロックンロール、サイケ、ドラッグ、セックスなど、その時代背景を含めた音楽や歴史を学ぶことになります。

 

アメリカ横断、写真、そして路上

そして、ぼくが26歳の頃にアメリカ横断の旅に出ることになります。

 

中学生の頃、バンドを教えてくれた友人と、ひとつの夢を叶えるためにアメリカへ行きました。

 

アメリカ大陸横断記 カテゴリーの記事一覧 - それはハッピーエンドなんだ

 

中学生の頃に組んでいたバンド名が「ROUT 6」という、ROUTE 66になぞらえた名前でした。

 

アメリカ横断というのは、ずっとひとつの憧れだったんです。

 

それを現実にしたのは、母親であり、友人であり、ブルーハーツであり、ゴイステであり、ディランであり、ケルアックであり、自分でした。

 

そんな歴史を歩んできたぼくが、写真を本気で志したのは26歳の頃でした。

 

そのアメリカ横断の旅が、写真とも繋げてくれたのです。

 

そういった時間の流れの中で、ぼくの身体にはケルアックの『路上』が、脈々と血となり、肉となり、骨になっていました。

 

写真を志してから、自分なりに悪戦苦闘しながら行動してきました。

 

そして昨年、森山大道さんの本に出会います。

 

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写真について悩み、考えているときにこちらの本に出会いました。

 

このきっかけで、ぼくは森山大道さんを知ることになります。

 

それまで、自分の写真を追求するあまり、誰かの写真を見たりすることに対して強い気持ちはありませんでした。

 

自分は自分の道をつくっていくものであり、好きな写真家は数人いましたが、熱狂的に写真を見たり、展示に行ったりという熱はそこまでありませんでした。

 

なので、本当にお恥ずかしい話、森山大道さんを知ったのはここ数ヶ月の話でした。

 

そして今回の展示。

 

ぼくにとっても「はじめての森山大道。」でした。

 

そこでランダムでいただけるフィルム風しおりが、路上のフィルムだったことに、ぼくは非常に胸を熱くしたのです。

 

森山大道 路上のフィルム風しおり

路上

 

映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』を観に行った

新宿武蔵野館 映画 過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道

新宿武蔵野館 / 過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい

映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』公式サイト

 

前述の通り、ぼくは森山大道さんと出会うべくして出会ったのだと、どこかで感じています。

 

幼少期から写真を撮ることが好きで、母親がぼくに買い与えてくれたのはSONYのサイバーショットでした。

 

はじめてのデジタルカメラでいろんなものを撮っていた記憶がありますが、それは「写真が好き」ということよりも「記憶を残したい、記録したい」という想いが強かったからだと思います。

 

その数年後、母親は癌と診断されました。

 

少しでも家族の写真を残したいと思ったのが、写真に向かうきっかけだったのかもしれません。

 

少なくとも、そういう想いがあったことは今でもしっかり覚えています。

 

母親からの音楽の影響。

 

音楽を突き詰めていった先で出会ったアメリカ横断。

 

それがまさか、森山大道さんに繋がる大きなきっかけになっていたとは、今考えるとおもしろいものです。

 

もちろん、アメリカに行く前も、行った後も、そんな匂いすら感じていませんでした。

 

人生というのはおもしろいです。

 

あとで考えると、昔からこうなることがわかっていたような、こう繋がっていくものだったのか、あらかじめ決まっていたかのように思ったりもします。

 

新宿武蔵野館で映画鑑賞をして

新宿武蔵野館で森山大道の映画を鑑賞

新宿武蔵野館

映画を鑑賞して、ぼくは森山大道さんという方を、本やYouTubeで知っていた自分の中のイメージと照らし合わせていました。

 

過去の作品を調べたり、漁ったり。

 

YouTubeでインタビュー動画を拝見したり。

 

ぼくの中で、森山大道さんという方がどんな方なのかを、自分なりに解釈していきました。

 

そして今回の映画を見て、答え合わせをするような感覚がありました。

 

終始、ニコニコしながら見てしまいました。

 

こんな言い方は失礼かもしれませんが、非常に可愛い人だなぁと思ってしまいました。

 

映画はまだまだ公開中だったので細かいことは書きませんが、本などでも書かれていることを少しだけ触れると、森山大道さんは人生の中でトーンダウンした時期があったとおっしゃっています。

 

そのとき、写真についてたくさん考えた、と。

 

80年も生きていれば、動けなくなるほど身体が重くなることも、精神的にやっつけられてしまうことも、きっとたくさんあったはずです。

 

それを森山大道さんは「ぼくにもトーンダウンした時代があってね」と、優しい口調で語ります。

 

その言葉選びや口調から読み取れる人柄が、非常に優しい方だという印象を受けました。

 

聞き手は、とてもやわらかい気持ちになります。

 

森山大道という写真家の、力強くもかっこいい、イケてる写真からはすぐには感じ取れない、やわらかくて優しい印象。

 

それがとてもかっこいいんです。

 

森山大道さんに感じたロックンロール

ぼくもそうでありたいと思いました。

 

そして、ぼくが憧れたロックンロールは、まさにそうだったんです。

 

ぼくが痺れたザ・ブルーハーツをはじめとするロックンロール、パンクは、破壊や暴力や否定ではなく、肯定のあたたかさがありました。

 

優しさの強さと、その裏側がありました。

 

森山大道さんから、似たような、同じようなアティチュードを感じました。

 

だから、ぼくは森山大道さんが好きなんだ。

 

そう確信づけるシーンが、この映画には散りばめられています。

 

笑って、にこやかな表情で話す大道さんを見ていると、街中で「ダイドーさん!」って走って声をかけたくなるような、そんな親しみやすさを感じます。

 

もちろん、強いリスペクトを持って。

 

そう近づきたくなるんです。

 

そして作中で、大道さんはデジタルカメラやフィルムカメラなど、カメラへのこだわりにも言及します。

 

今までマイウェイを歩んできた人が、いろんな経験をし、最終的にそうなっていく姿というのは、やはりロックンロールやパンクに通じていると思いました。

 

最後はやっぱり、シンプルなんだ。

 

森山大道さんと、ジャック・ケルアックの出会い。

 

そして、映画作中の服装などから、ぼくは強く共感と熱を感じてしまいました。

 

ぼくは、ケルアック的に、路上的に生きていきたいと思っています。

 

それは森山大道さんに出会う前から、強くそう考えていました。

 

そして、今では。

 

それも踏まえて、森山大道的にやっていきたい!!

 

そういう気持ちになりました。

 

この映画は、ぼくをそういう気持ちにさせてくれた素敵な作品でした。

 

ぼくは、森山大道さんが大好きです!!!!!

 

ジャック・ケルアック『路上』から

ジャック・ケルアックや森山大道に関連する本とアイテム

僕の家のアイテムたち

ぼくの好きなケルアック、『路上』の言葉と一緒に、今回の記事は終わろうと思います。

 

THE MAD ONES

The only people for me are the mad ones,
the ones who are mad to live,
mad to talk,
mad to be saved,
desirous of everything at the same time.
the ones who never yawn
or say commonplace thing,
but burn, burn, burn
like fabulous yellow roman candles
exploding like spiders across the stars.

Jack Kerouac

僕は狂った連中が好きだ。
狂ったように生き、
喋り、すべてを欲しがる連中。
ありふれたことは言わない。
燃えて 燃えて 燃え尽きる。
夜を彩る花火のように。

ジャック・ケルアック

 

ダイドーさん、これからもかっちょいい現役でいてください。

 

レジェンドであり、現役の森山大道さんがかっこいいです!!

 

まとめ:ぼくにとっての「はじめての森山大道。」

今回は、ほぼ日さんの展示「はじめての森山大道。」と、映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』を観に行った記録を書きました。

 

森山大道さんを知ったのは、写真について悩んでいた時期でした。

 

フィルムか、デジタルか。

 

カメラは何を使うべきか。

 

写真とは何なのか。

 

そんなことを考えていたときに、森山大道さんの言葉や写真に出会いました。

 

そして今回、展示と映画を通して、大道さんの写真と人柄に触れて、自分の中にあったロックンロールやケルアックやアメリカ横断や路上の感覚が、一本の線で繋がったような気がしました。

 

写真は、もっと自由でいい。

 

もっと路上的でいい。

 

もっと自分の身体で、歩いて、見て、撮ればいい。

 

そんなことを改めて感じました。

 

ぼくにとっての「はじめての森山大道。」は、これからの写真との向き合い方を少し変えてくれるような体験でした。

 

お題「ささやかな幸せ」

 

 

 

今回も最後まで読んでくれありがとうございます。

 

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