
僕の生活に、いつもそっと寄り添ってくれているカメラがあります。
CONTAX T2です。
このカメラで撮る写真は、他のカメラで撮った写真とは少し違う気持ちにさせてくれます。
もちろん、写真としての写りが良いとか、レンズが良いとか、フィルムカメラらしい質感があるとか、そういう説明もできるのだと思います。
でも、僕にとってCONTAX T2は、スペックで語るよりも、生活の中にある気分や記憶を写してくれるカメラという感覚に近いです。
海へ行くとき、夏祭りに行くとき、旅先でバスを待つ人を見かけたとき、言葉の通じない国で誰かと笑い合ったとき。
そういう瞬間に、CONTAX T2を持っていてよかったと思います。
そして、今回のはてなブログのお題は「好きな小説」。
僕の好きな小説は、村上春樹さんの『海辺のカフカ』です。
海、記憶、旅、どこか現実から少しだけ浮いたような感覚。
CONTAX T2で撮った写真を眺めていると、どこか『海辺のカフカ』を読んでいるときの気分と重なるところがあります。
今回は、CONTAX T2で撮った写真とともに、僕の生活のこと、旅のこと、写真のことを書いていきます。
- 僕の生活には海がある
- 好きな小説は「海辺のカフカ」
- 例えば夜の、夏祭り
- フィルムカメラは不便だけど、そこがいい
- 見に行こう、蛍
- テレビで見た記憶
- バスを待つ人
- 夏の日、コマずれ
- フィルム写真は失敗も残る
- 言葉はわからなくても
- CONTAX T2が生活に残してくれるもの
- まとめ|僕の生活とCONTAX T2、そして海辺のカフカ
僕の生活には海がある

僕の生活には海があります。
いつも、だいたい海を基準に考えているようなところがあります。
だから、一年の中心も、なんとなく夏を中心に回っているような気がします。
暑いのが好きなわけではありません。
むしろ、コンクリートの上を汗まみれになって歩いている時間は、あまり気持ちの良いものではありません。
でも、砂に足を取られながら海に入っていくときは、とても心地が良い。
汗も、砂も、潮も、全部まとめて海に入ってしまえばどうでもよくなる感じがあります。
ただし、海に入らないときの潮風はあまり好きではありません。
少しわがままな話ですが、海が全てを包み込んでくれるなら、その全部を愛おしく思えるのに、包み込んでくれないなら、そっとしておいてほしいと思うことがあります。
だから、冬の海はあまり好きではありません。
眺めるだけでは、少し物語が足りないのです。
僕にとって海は、見るものというより、入るものなのかもしれません。
そんな海の写真をCONTAX T2で撮ると、ただの風景なのに、どこか自分の生活の中心にあるものとして写っている気がします。
好きな小説は「海辺のカフカ」
好きな小説を聞かれたら、いくつか浮かぶ作品があります。
でも、今の気分でひとつ挙げるなら、村上春樹さんの『海辺のカフカ』です。
あの小説には、現実の中にありながら、現実だけでは説明しきれない場所へ連れていかれるような感覚があります。
海、森、図書館、旅、記憶、自分ではどうしようもない運命のようなもの。
そういうものが静かに流れていて、読むたびに少し違う印象が残ります。
CONTAX T2で撮った写真を見返していると、どこか『海辺のカフカ』を読んだあとの余韻に似たものを感じることがあります。
はっきりと説明できる写真ではないけれど、何かが写っている。
その何かは、撮った瞬間の気分だったり、時間だったり、もう戻らない場所だったりします。
小説も写真も、全部を説明しすぎないところが好きです。
わからない部分が残っているから、何度も読み返したり、見返したりしたくなるのだと思います。
例えば夜の、夏祭り

例えば夜の、夏祭り。
CONTAX T2にISO400のフィルムを入れたって、ブレるときはブレます。
そりゃあそうです。
夜で、光が少なくて、人は動いていて、こちらもじっとしていない。
デジタル一眼で撮ったら、もっと綺麗に写してくれるのかもしれません。
ISOがどうだとか、手ブレ補正がどうだとか、そんな細かいことを全部うまく処理して、多少暗くても、多少無理があっても、それなりに綺麗に写してくれるのでしょう。
素敵なテクノロジーです。
便利になって、どんどん無理がなくなっていく。
ストレスがないから、プレッシャーもない。
でも、なんだか少し物足りない。
ストレスもプレッシャーも、ありすぎるのはもちろん困ります。
でも、僕は少しくらいあった方が良いと思っています。
生粋の怠け者なもので、多少の不自由があった方が、ちゃんと向き合える気がするのです。
CONTAX T2で撮る夜の写真は、いつも完璧ではありません。
でも、その完璧ではないところに、夜の空気や、手元の揺れや、その場の心もとなさが残っているような気がします。
フィルムカメラは不便だけど、そこがいい
CONTAX T2は、いまのスマートフォンやデジタルカメラと比べると不便です。
撮った写真をその場で確認できません。
フィルム代も現像代もかかります。
失敗した写真もあります。
暗ければブレるし、設定を間違えれば思ったように写りません。
でも、その不便さがあるからこそ、写真を撮ることに少しだけ緊張感が生まれます。
今撮るか、撮らないか。
この一枚を残すか、残さないか。
フィルムには枚数の制限があるので、なんでもかんでも撮るというより、少しだけ考えます。
そして、現像から返ってくるまで待つ時間があります。
その待ち時間も含めて、フィルムカメラの体験なのだと思います。
便利ではないけれど、だからこそ記憶に残る。
CONTAX T2は、そういうカメラです。
見に行こう、蛍

蛍といえば、京都で見られたらよかったのですが、その時期に京都にはいませんでした。
だから、千葉の山奥まで車を走らせました。
はじめて、蛍を見に行こうという気持ちになって、短い期間だけ光る蛍を見に行きました。
思った以上に飛び回っている蛍を見て、感動しました。
小さな光がふわふわと動いている。
それだけなのに、なぜこんなに心が動くのだろうと思います。
でも、服にとまると少し怖い。
昔から虫はあまり得意ではありません。
多分、いつまで経っても得意にはならないのだと思います。
それでも、蛍を見に行ってよかった。
苦手なものと、見たいものが同じ場所にあることがあります。
そういう矛盾も含めて、外に出ることや写真を撮ることは面白いのだと思います。
テレビで見た記憶

僕はこの事件について、詳しく知っているわけではありません。
テレビで見たことがあるニュースのひとつとして、記憶に残っています。
それでも、とても大変なことが起きたということは知っています。
この場所で、あの事件が起きたのかと思うと、信じられない気持ちになります。
でも、それは事実なのです。
だから、これだけのお花や飲み物が供えられている。
多くの人が亡くなった場所に、多くの人の想いが集まっている。
見たくもない、聞きたくもない事件を、これからも見て、聞いて生きていくには、タフでなければいけないのだと思います。
忘れないということだけが、今を生きている人たちにできる精一杯の想いなのかもしれません。
同じことが起きないように。
僕たちも無関係ではないと、思うのです。
写真を撮るという行為には、綺麗なものを残すだけではない意味があります。
記憶すること。
考えるきっかけを残すこと。
CONTAX T2で撮ったこの写真は、僕にとってそういう写真です。
バスを待つ人

僕がバスを待つのは、旅先であることが多いです。
自分の生活圏では、車や自転車に乗ることが多いので、バスを待つという行為は、僕にとって旅の象徴みたいなものです。
写真の場所は、千葉県の南。
鴨川です。
大きな通りを挟んで、一人の男性がバスを待っていました。
バス停まで少し距離があると思って撮ったこの一枚。
よく写っていてよかったと思います。
旅を楽しむ人を見るのも、気持ちが良いものです。
どこに行くのだろう。
誰かに会いに行くのだろうか。
家に帰るのだろうか。
写真に写っている人の人生を、僕は何も知りません。
でも、その一瞬だけ、同じ場所にいた。
そういう距離感も、写真の面白さだと思います。
夏の日、コマずれ

いつかの夏のフィルムを、現像し忘れていました。
いや、正確には現像し忘れていたのではなく、それだけCONTAX T2というカメラを使っていなかったのだと思います。
今回のベトナム旅で使うにあたって、大量のフィルムを消費しました。
久しぶりに多くのネガ交換をしました。
気持ちの良い「消費」でした。
ここ一年ちょっと、写真欲というか、写真熱というか、そういうものが少し落ち着いていました。
もともと、そんな大げさな欲や熱があったのかもわかりません。
ただ、写真以外のことに熱中していたというだけなのだと思います。
自分で立ち上げた会社の仕事に精一杯向き合うことで、過ぎていく時間がそこそこに楽しい。
それは、僕にとってとても良い変化です。
また、この楽しさが減ったら、新しいことをやればいい。
楽しいうちは、楽しもうと思います。
写真のコマずれを見て、こうやってずれているのもまた一興、なんて思って眺める写真は、結構いいものです。
デジタルなら失敗として消してしまうかもしれない写真も、フィルムだと少し愛おしい。
不完全なまま残ってしまうところが、フィルム写真の良さなのかもしれません。
フィルム写真は失敗も残る
フィルム写真には、失敗も残ります。
ブレた写真。
ピントが甘い写真。
露出がずれた写真。
コマがずれた写真。
デジタルなら撮った瞬間に確認して、すぐに撮り直せるかもしれません。
でも、フィルムではそうはいきません。
現像から返ってきて、初めて「ああ、こう写っていたのか」と知ります。
その時間差が、記憶を少し曖昧にしてくれます。
撮ったときの自分の記憶と、返ってきた写真のズレ。
そのズレが面白い。
写真は、正確に記録するためだけのものではなく、少し不確かな記憶を残すためのものでもあるのだと思います。
言葉はわからなくても

路上で何かを売っている女性の隣にベンチがあったので、そこに座ってリュックを下ろしました。
何かを売っている女性は僕に話しかけてくれましたが、相手はベトナム語を話しています。
かろうじてカタカナ英語でコミュニケーションをとる僕には、ベトナム語はまったくわかりません。
だから、ボディランゲージでなんとかコミュニケーションをはかりました。
女性はニコニコして、僕にうちわを貸してくれました。
とても暑いということだけは、滴る汗から伝わっていたのだと思います。
水を飲みながら、路上を大量に走っているバイクを眺めていると、路上売りの女性とは反対側からキィと音がしました。
音のする方を見ると、お屋敷というと大袈裟ですが、門扉が開き、おじさんが出てきました。
彼は路上売りの女性と話をしたあと、僕に話しかけてきました。
同じようにベトナム語なので、僕にはわかりません。
でも、どうやら過去に大阪や神戸に行ったことがある、というようなことを話しているようでした。
それが何を意味していたのか、僕には正確にはわかりません。
でも、「日本は良い国だった」と言ってくれていたら良いなと思います。
「写真を撮らせてくれ」とカメラを構えると、素敵な笑顔で応えてくれました。
きっと、「日本が嫌な国だ」とは思っていないだろうなと、現像から返ってきた写真を見返して思いました。
これが、フィルムカメラの醍醐味です。
言葉はわからなくても、写真に残っている表情で、少しだけわかることがあります。
CONTAX T2が生活に残してくれるもの
CONTAX T2は、特別なカメラです。
でも、特別な日だけに使うカメラではありません。
むしろ、生活の中にある何気ない瞬間を撮るときにこそ、良さが出るカメラだと思います。
海。
夏祭り。
蛍。
秋葉原の記憶。
旅先のバス停。
夏の日のとうもろこし。
ベトナムの路上で出会った人。
どれも、すごく特別なようで、でも生活の延長にある出来事です。
そういうものを、CONTAX T2は少しだけ美しく、少しだけ曖昧に、そして少しだけ物語のように残してくれます。
写真は、上手いか下手かだけではないと思います。
自分がどう見ていたか。
何を残したかったのか。
何をあとから思い出したいのか。
そういうことが写っていれば、それでいいのだと思います。
まとめ|僕の生活とCONTAX T2、そして海辺のカフカ
僕の生活には、海があります。
旅があります。
写真があります。
そして、CONTAX T2があります。
このカメラで撮る写真は、完璧ではありません。
ブレることもあるし、暗いこともあるし、コマがずれることもあります。
でも、その不完全さの中に、生活の気配が残っている気がします。
好きな小説『海辺のカフカ』が、すべてを説明しきらないまま心に残るように、CONTAX T2で撮った写真も、すべてを説明しないまま残っていきます。
海に入る夏。
夜の祭りのブレ。
千葉の山奥で見た蛍。
事件の記憶が残る場所。
旅先でバスを待つ人。
現像し忘れた夏の日。
言葉の通じない国で向けられた笑顔。
そういうものが、自分の生活を少しずつ作っているのだと思います。
CONTAX T2は、僕にとってただのカメラではなく、そういう生活の断片を残してくれる道具です。
これからも、気が向いたらフィルムを入れて、どこかへ持っていこうと思います。
完璧じゃなくてもいい。
むしろ、完璧じゃないからいい。
そんな写真を、これからも撮っていきたいです。
今回も最後まで読んでくれありがとうございます。
このブログは旅のお話やカメラ、写真のお話
フリーランスから起業した30代独身男のブログとなっています。
よかったら読者登録やコメントお待ちしております!
よろしくお願いします!
旅に出るなら
楽天トラベル!全力プッシュです!
こちらもみてね!
今週のお題「好きな小説」
#CONTAXT2 #フィルムカメラ #海辺のカフカ




