それはハッピーエンドなんだ

脱・フリーランス!起業した30代独身男の写真や音楽、生活や旅のおはなし

3メートル隣で鳴らす夢の続き(完全版)


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昨日、1日が本当にほんっとうに久しぶりに1日まるっと幸せだった。

大好きな音楽や写真、それらに関わっている人たちとお会いして

目を見て話して、空気を感じて、とにかく1日ずっと幸せだったことについて書きます。

 

ぼくの大好きな音楽や写真のはなし。

まず、何から書こうか。

書きたいことが多すぎる。

これから書くことは、なんでもないぼくの生活の

最高に幸せで最高にクールだった1日について書いていきたいと思います。

 

でも、この最高に幸せで最高にクールな1日というのは

1日して成らず。でも、なるべくしてなったと言っても過言ではない(?!)

奇跡の連続が重なって迎えた1日であるということだけは

胸をはって言えるのである!!!!!

 

ではまずぼくの憧れから話したいと思います..。

長くなります。

 

ロックンロールとの出会い

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中学2年生の頃、兵庫から転校してきた得体の知れない転校生が

ぼくにザ・ブルーハーツやゴーイングステディというバンドを教えてくれた。

既に小学6年生の頃、JUDY AND MARY解散コンサートを東京ドームで体験していたぼくは

音楽に目覚めており、彼が転校してやって来る前には

地元のCDショップでジャケ買いをしたNIRVANAにどっぷりだった。

 

そんな経緯もあり、転校生である彼(以下:ツバサ)から教わった

ザ・ブルーハーツやゴーイングステディ(後に銀杏BOYZ)、ガガガSPという

パンクやフォーク、ロックンロールにどんどん沈んでいくようにハマっていきました。

(その中でも特にザ・ブルーハーツ、ザ・ハイロウズ には強く影響を受けた)

 

彼と出会った翌年の中学3年生の夏に

癌で母親を亡くしました。

そんな経験もありもっともっと音楽に触れていくことになります。

 

ブルーハーツと関連性があったり、影響を受けたりしている音楽についても

深く深く入っていくようになっていきました。

それから、RCサクセションや忌野清志郎との出会いがあり

後にTHE ROLLING STONESやTHE BEATLESというバンドに出会います。

 

有賀幹夫さんとの出会い

www.barks.jp

ぼくは中学の頃にやってきた得体の知れない転校生から教わったバンドに

脳天に稲妻が落ちたような衝撃を受け

ロックンロールやパンクに目覚めます。

 

ザ・ブルーハーツを中心にどんどん深くハマっていったぼくたちは

中学二年生以降、彼らをはじめとしたロックンロールバンドの虜になります。

生き方の全てをヒロトやまーしーのロックンロールから

学んだと言っても本当に過言でもないぐらいです。

 

そして、そんな彼らをリアルタイムで撮影をしていたのが

この有賀幹夫さんでした。

 

まだ学生で若かったぼくは有賀さんの名前までは知らずとも

写真はずっと見ていて、触れていました。

後にわかったことですが、この有賀さんという方は忌野清志郎さんも撮影しているということ。

そして、THE ROLLING STONESを撮影しているということを

だんだんと知っていくことになります。

 

そして、2012年4月

池袋の東武百貨店で「ザ・ローリング・ストーンズ結成50周年記念」の展示が行われました。

そこで、ぼくは初めて生で有賀幹夫さんの撮影したTHE ROLLING STONESの写真を見ます。

 

その時、ぼくは23歳でツバサと一緒にバンドを組んでいて

革ブーツに革ジャン、そしてTシャツはTHE ROLLING STONESのシャツでロン毛。

そんな格好で写真展をうろついていると、どこかで見かけたような記憶のある方がいました。

すると、その方が近寄ってきてぼくの着ているTシャツを見て

「そのTシャツどこの?」と声をかけてくれました。

 

ぼくは「ヒステリックグラマーからでているストーンズTで凄い高かったんですよ。」と伝えると

「ふーん、そうなんだ。」とうなずいていました。

ぼくはなんとなく「あ、あり・・有賀さん、ですか?」と質問してみると

「うん、そうそう。ぼくの写真がね展示されてるんでね。来たんですよ。」 と。

 

ぼくとツバサは興奮した!

失礼かなと思いつつも写真撮ったね。3人並んで。

 

この時が有賀さんとの初めての出会い。

THE ROLLLING STONESの生の写真に触れて、感動しているところに

有賀さんがそっと近づいて、声をかけてくれた。

重なる興奮でぼくたちは、その日ずっとTHE ROLLING STONESや有賀幹夫というカメラマンについて

語った。

 

「あの人が、ブルーハーツやキヨシロー撮ってんだ!!

 それにあのストーンズだぜ?!すげー!!!!めっちゃかっけーー!!!

 やばいな。やばいな。すっごい人にあっちゃったな!!!!!!!!」

 

2人とも革ジャンにブーツで

見るからにバンドやってますという風体で

でも、少し古い感じでね。

最近っぽいバンドとは程遠い格好のぼくたちは

あの日、池袋で一番浮いていただろうと思う。

 

何故かテンションあがって池袋の街を走った。

あの日はとても天気がよくて革ジャンがとても暑かった。

 

アメリカ大陸横断、そしてアシスタントとして

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そんな有賀さんとの出会いを果たしたぼくは

その日にすぐさまTwitterで有賀さんを検索し

フォローをした。あの日、あの時、あの場所で出会えたことに

とても運命的なものを感じた。

その頃、ぼくはバンドを組んでいたから

「いつか有賀さんに撮ってもらいたい!!!」という気持ちさえ芽生えていた。

 

 

それから時が経ち、いつのまにかぼくたちは徐々にバンドをやらなくなっていった。

ドラムスが教員になったり、ベーシストがいなくなったりということが重なり

徐々にバンドが集まらなくなっていった。

ライフワークのように音楽に触れてはいるが、バンドをやるという空気ではなくなっていた。

 

その頃ツバサとは、バンドではないが一つの夢を叶えよう!という話も持ち上がっており

徐々にその夢を叶えるために行動をし始めていた。

それは「アメリカ大陸横断」。

 

学生の頃、影響受けたバンドや

そのバンドが影響受けたアーティストがごろごろいたアメリカへ。

ディランやジョンレノン がいたNYへ、ストーンズが影響受けたブルーズを感じにいこうということになった。

思えば、中学生の頃組んでいたバンドの名前は「ROUTE6」(略してルーロク)。

ぼくたちの地元には国道6号線という幹線道路があったという超絶ださい理由だったが

中学の頃からROUTE66への憧れがあった。

 

いっそのことアメリカ大陸、横断と縦断して全部見に行こう!という話になった。

その夢を叶えたのが2016年。ぼくたちは26歳だった。

 

1ヶ月かけてアメリカ大陸をかけまわった。

著ジャックケルアック「路上」に影響を受けていたから、本当に毎日が夢のようだった。

 

ぼくはこの旅をきっかけにカメラで活動をしていこうという気持ちになっていた。

この旅の記録を残しておこうというのがきっかけだった。

それからカメラにどんどんハマった。

一ヶ月の旅を終えて帰国してから、日本でもあちこち写真を撮りに回った。

 

ある日、なぜそんな風に思ったのか、自分でもよくわからないが

「有賀さん、お仕事があればアシスタントなど声をかけてください!」とTwitterで

リプを送っていた。

恥知らずというか、失礼というか、とにかく馬鹿な発言だったと思う。

でも、そのリプがきっかけで実際にお仕事に呼んでいただくことになった。

 

はじめて有賀さんとご一緒させてもらうお仕事が

埼玉スーパーアリーナで行われたLOUD PARKというメタルのロックフェスだった。

有賀さんにとご一緒させてもらったあの日の朝のことは

きっと一生忘れません。

 

埼玉スーパーアリーナ近くのコンビニで待ち合わせして

一緒に裏からはいったアリーナは東京ドームよりも大きく感じた。

裏で見る景色ひとつひとつがキラキラとしていて、そこで一緒にお弁当を

いただく時間があったのだけど、そこで少しだけ失礼にならない程度に

ブルーハーツや清志郎さんの話を聞いたことがあった。

あまり多くは語らなかった有賀さんがとても印象的で、

そんな有賀さんがめちゃくちゃにかっこよかった。

 

 

andymoriとの出会い

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andymoriと出会ったのは確か2015年

アメリカ横断する1年前のこと。

その当時付き合っていた彼女が教えてくれたのがきっかけで

andymoriの「彼女」という曲を教えてくれた。

はじめて、「彼女」を聞かせてくれた夜

ちょうどたまたまツバサと会うことになっていたので

 

「彼女がさ、この曲いっていって教えてくれたんだけどどう思う?」

 

ぼくはいつも新しいバンドや音楽やレコードに触れると

いつもツバサにこんな風にして話し始め

あーだこーだとロックンロール談義をするのだ。

そして、いつもぼくたちなりの結論付けをして楽しんでいた。

 

この日も、andymoriの「彼女」を聞かせて

あーだこーだロックンロール談義をしたうえで

最終的には「いやーでも、やっぱりもっと激しいのが良い」だとか

「もっと精神的にガツんと来る方がいいよな」とか

そんな話でもするのかと思っていた。

 

「なにこれ、めっちゃええやん。」

 

正直、意外な反応だった。

 

「これ、なんてバンド?andymori?

 ふーん、他どんな曲あるん?」

 

この当時、どこか尖っていたし若かったぼくたちは

「最近のバンドは聞かない」みたいな謎理論で

古いバンドや音楽ばかりに傾倒していたのに

このときツバサはとてもandymoriに対してスッと受け入れていたのが印象的だった。

 

ツバサがそうなら、俺もちょっとちゃんと向き合ってみよう。

そこからはじまったandymori、そして小山田壮平さんという方だった。

 

後にわかったことだが、andymoriはRCをカバーしていたり

奥田民生さんカバーしていたりと繋がってきて

あの時ツバサがスッと受け入れたのも当たり前っちゃ当たり前のことだった。

ぼくは何故か、「最近のバンドは聞かない」という謎の尖り方で

こんな最高のバンドを聞き逃そうとしていたわけだ。お恥ずかしい。

 

佐藤哲郎さんとの出会い

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2015年、andymoriに出会った。

既にandymoriは解散していたけど、出会って以降andymoriにはどハマりした。

ぼくがずっと追いかけていたのは古いロックンロールやブルースで既に亡くなっていたり

解散していたりしていたし、それに遠い遠い海を超えた国で鳴っていたバンドばかり追いかけていたので

日本にいるアーティストで、しかもメンバー全員が若い。

こんなに好きになったのは本当に久しぶりだった。

 

2016年アメリカ大陸横断、以降有賀さんともお仕事をご一緒することも

少しずつ増えていました。

 

2017年10月13日、小山田壮平さんの弾き語りライブが渋谷クアトロであり

幸運なことにチケットをゲットして行った。

その翌年2018年、小山田壮平ソロ名義でのツアーがありました。

同年2018年12月、小山田壮平ソロ名義で行ったツアーの写真展が

新宿ゴールデン街にあるnagune(ナグネ)にて行われることになり

その最終日に、ぼくはnaguneに行きました。

 

その日、何を思ったか年末であったものの

andymoriのことを想いすぎて、好きすぎて

昼間西荻窪にロケハンに行って、その帰りに小山田さんの写真展に行こうと言う

計画を経てていました。

 

「西荻窪アパートの階段を登る音

 ジャンダルムで揺れた鎖の音

 学生会館 忍び込んだ夜の星

 風と共に行くだけさ」

 

西荻窪のロケハンと言うなの、散策を終え

その夜、はじめてのゴールデン街。

はじめてのnaguneにいくと、そこには小山田さんのツアー写真がずらりと飾ってあり

胸は高鳴っていた。自分も観客の1人としてみていたステージの

裏側の写真もあったりと最高だった。

そしてだいたい全てを見終え、1Fでドリンクを飲んでいると

カメラを持った方が座っていた。

ここで、まさか?と思ったぼくは「さ、さ、佐藤さんですか?カメラマンの」と声をかけると

柔らかい表情で「あ、そうです、今日はぼくが撮った写真の展示会なんですよ」

 

あの時と同じような感覚があった。

心のなかで、ひとりで叫んでいた。

 

((うわー!!!!小山田さん撮ってるカメラマンさんじゃん!すげー!

 やべー!!佐藤さんってこんな感じの方なんだー!!

 めちゃくちゃ優しそう〜!!!!!!!!))

 

ひとりで、ワクワクした気持ちを抑えつつ

ドリンクを飲んでいると

 

「なに?andymori好きなの?」と佐藤哲郎さん。

もちろん大好きなので、自分の好きな気持ちをぶつけるのと同時に

ぼくはたまに有賀さんのアシスタントをしていることを伝えた。

「え!?有賀さんってあのストーンズの?!

 レジェンドの有賀さん!?」と。

ぼくはそうです!と必死に伝えると

「すっげぇじゃん!」と笑ってくれた。

そして続い「このあとね、大樹来るよ。(ニヤニヤ)」と笑った。

 

「まさか!?あのandymoriのドラムスですか?!」と言うと

「うんうん、そうそう、もう少ししたら来るんじゃない?」とニヤニヤして言った。

 

それから数分もしないうちに、後藤さんがやってきて

「ドモ。」と一礼。ぼくは深々と一礼。握手もさせてもらって一緒に写真も撮らせてもらった。

 

めちゃくちゃ寒い12月、あのとき佐藤さんがライカのカメラを首からぶらさげていて

ぼくはロケハン車でいっていたので、車にカメラを置きっぱなしにしていたので

「すぐ車からカメラとってきます!後藤さん撮らせてください!!」と言うと

佐藤さんに一言「いつどこで何があるかわらからないんだからカメラはずっと持っておかないと!(笑)」と。

 

あの日の夜のことは忘れません。

naguneの田さんに3人座ってる写真を撮ってもらった。

最高の夜だった。andymoriのベースマンを聴いてロケハンに西荻窪へ

そしたらその夜にandymoriの元メンバーにあっちゃうんだもん。

それに小山田さん撮ってるカメラマンさんにあっちゃうんだもん。

 

その翌年2019年、andymoriや小山田さんに強く影響を受けていたぼくは

インド放浪をするためにインドへ飛んだ。

 

これらの奇跡が全て繋がります。

有賀さんと出会ってから、本当に有難いことにお声をかけていただくことがあり

あの日以来、いろんな現場にアシスタントとして入らせていただくことになりました。

いろんな奇跡が重なっているなぁと実感することも多々あったのですが

これらの奇跡が全て繋がります。

2020年7月11日(土)、再会

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今年もお仕事のお声がけをしていただきとても嬉しいなと思っていた矢先

コロナウィルスが世界で猛威をふるい始めました。

 

緊急事態宣言が発令し、解除され、東京アラートや新しい生活様式など

いろいろとはじめてのことがたくさんありました。

 

そんな中、有賀さんはglambというファッションブランドとコラボレーションとして

ストーンズTシャツを販売するという情報をTwitterで目にしました。

 

そのTシャツの販売とあわせて、ストーンズの写真展もやるとのこと。

これは絶対に行きたい!!

すぐにツバサに連絡をした。

ツバサとスケジュールをあわせて2020年7月11日(土)、一緒に行くことに決めました。

7月11日と12日は有賀さんが在廊しているということだったので

その日に行くことにしました。

 

当日、7月11日。

ぼくは有賀さんとお仕事でお会いすることがあったが

ツバサが有賀さんとお会いするのは、あの池袋のストーンズ写真展以来ということもあり

ツバサも緊張していました。

 

14時半頃、渋谷区神宮前にあるglambに到着。

写真展のやっているB1へ。

 

ぼくはこのとき既にいろんな想いがこみ上げていました。

 

 

世界中がコロナウィルスの猛威でへとへとなとき

個人的にもこれからどうなっていくのか不安でいっぱいの毎日でした。

カメラの仕事も激減し、本当に生活はどうなっていくのか

とにかくいつ平常通りになるのか毎日が不安だった。

 

今この瞬間だって、決してコロナが落ち着いたわけでもないけど

とにかく今日、この地下室では

有賀さんた撮影したストーンズの写真があって

きっとストーンズの音楽が流れていて、そこに有賀さんがいて

ストーンズや有賀さんが好きなひと

服が好きなひとが集まってきているんだろうなぁと想像をしていた。

 

そして実際に、地下へ入ると

そのまんま。想像通り。

 

ストーンズの写真がならべられ、大きくプリントされたメンバーがでっかく飾られている。

白と黒とで交互に並べられたストーンズのプリントが施されたPhotographTシャツ(最高にかっこいい!)

音楽はもちろんTHE ROLLING STONE!!

 

有賀さんが「よっす!」って声をかけてくれた。

久しぶりに仕事以外でお会いする有賀さんに、何故かいつもと違う緊張感を感じた。

ツバサも有賀さんに挨拶し、ちょっとした小話をさせてもらった。

 

ぼくとツバサのなかでは、あの日の有賀さんとの出会いを思い出していた。

あれから、いろいろあって今に至る。

もうそれだけで奇跡だよなって。

 

16時頃、有賀さんの在廊の時間が16時までと事前に知っていたぼくたちは

本当に久しぶりに有賀さんと2ショットの写真を撮らせてもらった。

(いろんな想いがこみ上げながら)

そして、glambのスタッフの方や有賀さんにお礼を良い

glambを出た。

 

全て繋がっていく予感

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16時すぎ

その興奮冷めやらぬ状態で神宮前近辺をウロウロしていた。

 

すると、ある路地でツバサが気になる看板を見かけて言った。

「あ、神聖かまってちゃんの写真展がやっとーで」

 

(神聖かまってちゃん!?)と思い看板に目をやると

確かに神聖かまってちゃんの写真展がやっているようだった。

 

そういえば!と、Twitterを思い出した。

Twitterで佐藤哲郎さんが撮影した神聖かまってちゃんの展示が

どこかでやっているらしいというのは知っていたので

「ここでやってたのか!!!!!!」と胸が高鳴った。

 

あの日、新宿はゴールデン街で佐藤哲郎さんとお会いして以来

お会いしていなかったので、一度挨拶がしたかった。

失礼を承知で、DMを送った。

「今、近くで有賀さんのストーンズ展がやっているんですが

 佐藤哲郎さんの展示会もお見かけしました。

 お会いさせてください」

するとすぐにお返事をいただいたので

展示会場までいくと本当にお久しぶりの佐藤哲郎さんが立っていた。

 

「有賀さん、いるの?近くなの?」

 

「はい、すぐそこでやっています、すみませんお声がけしちゃって!」

 

「うんうん、いいよ、そっかぁ。会いに行きたいなぁ。」

そして、ぼくはお礼を言ってその場を後にしました。

 

なんか、全てが繋がりそうな予感がするなって感じが

強烈にしていた。

 

ぼくは1人で興奮している

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2020年7月11日(土)

渋谷区神宮前にあるglambで有賀さんのストーンズ展で

久しぶりに有賀さんにお会いする。

それだけで最高。

そして、glambではストーンズ一色!

大好きなバンドの写真を見に来るお客さん、

有賀さんの写真に感情を伝えるお客さん、

店内でストーンズが流れていて、みんなが同じ

大好きなストーンズや有賀さんの存在に歓喜していた。

 

ぼくもその場にいることができて幸せだった。

中学生の頃にバンドを教えてくれたツバサと

あの時池袋のストーンズの写真展で有賀さんに会えたこと

そして今も横にツバサがいて、またこうやって時間を共有できていること。

 

何よりも僕とツバサにとってみれば

ストーンズは当たり前に最高だが

ブルーハーツやキヨシロー(1人のファンとして書かせてください)を撮影している

有賀さんが目の前にいるってことが本当に卒倒レベルなことなんです。

 

だって、本当にブルーハーツやRCには人生を変えてもらったから。

これは本当に本当に本当のことなんです。

 

そして、その夜Twitterを見るとなんとglambには

ザ・ブルーハーツのドラムス梶くんも来た!とのこと。

ぼくは中学生の頃のようにツバサに連絡をし

「うわー!梶くんきたんだって!タイミングだな〜!」と悔やんだ。

ツバサも同じように悔しそうだった。

 

そしてこの日、21時半から

スペースシャワーTVでandymoriヒストリーが放送されるとのことを知っていたので

悔しい気持ちを抑えながら、YouTubeでもストリーミングされるとのことで

パソコンの前で待機をしていた。

約1時間半のandymoriヒストリーを見て、「やっぱりandyomoriは最高」と再認識した。

 

明日は、西荻窪へ行こうと言う気持ちになっていた。

 

 

2020年7月12日(日)、西荻窪散策

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7月11日が本当にぼくにとって最高の1日だったので

何故か、明日は西荻窪を散歩しようという気持ちになっていた。

ストーンズ、有賀さん、andymori、そして佐藤哲郎さん

いろんな人が近くにいて、ぼくは幸せだ、もうそれだけで最高だという

気持ちをどうにかするためには実際に西荻窪いんいくしかないと。

何故かそんな気持ちになっていた。

 

そして今日、西荻窪を散歩のため

andymoriを聴きながらあの日のように車を走らせた。

 

西荻窪にあるCOFFEE JUHAで大音量のJAZZのレコードを聴きながら

新宿を経由して帰宅した。

 

奇跡の点が繋がって一つの線に。完全完結

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ぼくはまだ11日の余韻に浸っていた。

そして、Twitterを開く。

 

すると、佐藤哲郎さんがTwitterでこう呟いていた。

 

 

そして驚いたぼくが呟いた

 

 

そしたら、有賀さんが反応してくれた。

 

 

この時点で、もうぼくはこのブログを書こうと決めました。

いろんな想いがあったので、いっろんなことが本当に重なって

いろんな点が繋がって、この線になったんだって思ったら

本当にぼくは1人で興奮してしまって。

 

このブログを書き終えたら、有賀さんも佐藤さんにもお礼のリプをしようと思っていたら

佐藤さんからもリプが。

 

 

いろんなことを思い出しながら書いていたら

この記事を書くのに数時間もかかっちゃいました。

でもこのブログに書いてあることは本当に起きた事実

ぼくが実際に見て、体験して起きたことなんです。

 

これらの点が全部繋がった、最終的に有賀さんと佐藤さんが繋がることになった

本当に好きな音楽、写真、写真家の方がこんな形で繋がるなんて

奇跡としか言いようがないんです。

 

ぼくの身の回りでおきた全ての奇跡に感謝します。

 

このブログに出てくる方すべてに

本当に感謝。そして自分のバカさ加減にも少しは自信をもとうと思いました。

 

あの時、ツバサと仲良くならなかったら。

あの時、ツバサからいろんなバンドを教えてもらっていなかったら。

あの時、ツバサとあの青春期をすごしていなかったら。

あの時、有賀さんに声をかけてもらっていなかったら。

そして、失礼を承知でアシスタントにしてくださいと言っていなかったら。

あの日、西荻窪にロケハンに行った帰り

本当はすごく疲れてて、写真展いくか迷ったんだよね。

本当に年の瀬だったこともあって。

でもあの時、佐藤さんにお会いしていなかったら。

 

本当に奇跡の連続が今夜、線になった。

ぼくはこんなにも嬉しいことはないです。

 

本当に、ありがとうございます。

そしてここまで約1万文字にまで増えてしまった

ブログも読んでくれた方、本当にありがとうございます!

 

ぼくはまだ興奮していて、どうしようもないです。

でも、この経験をもとに

また頑張ってやっていきたいと思います。

 

やっぱり、好きな人や好きな世界には飛び込むべきですね。

やってみないとわからない、会って見ないとわからない。

大好きな人には、自分から会いに行きます!これからも!!

 

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