
デジタルで撮影したインドの写真の現像は、とりあえずここでひと段落です。
あとはフィルムで撮った大量の写真たち。そちらも少しずつ整理していくつもりですが、デジタルの写真を見返しているだけでも、またすぐにインドへ行きたいなと思ってしまいます。
インドという国は、旅をしている最中も圧倒されるのですが、帰国してから写真を見返すとさらにじわじわ効いてくる不思議な場所です。あの時は気づかなかった表情や、何気なくシャッターを切った一枚の中に含まれていた熱量を、後から改めて感じることがあります。
今回の「#3」では、バラナシで何日か続けて通っていた朝のガンガーの写真を中心に載せていきます。
ガンジス川の夜明け、そこで出会った人たち、そして一杯のチャイをくれた青年のこと。旅の途中では一瞬で通り過ぎてしまいそうな出来事も、写真と一緒に振り返ると、ずっと大事な記憶として残っていくものなんだなと感じています。
インド旅の記録として、そして自分自身の気持ちの整理として、今回も少しずつ言葉を添えながら残していきます。
写真で語る僕のインド放浪、その前に。
寝込んで数日。
ここ数日の多忙で体調を崩し、寝込んで数日が経過しました。
昼間にしっかり寝てしまうと夜に眠れなくて、それがまたなかなか辛いんですよね。体は疲れているのに眠れない、というのは結構しんどい。
そんな眠れない夜に、ずっと欲しかったAirPodsの2世代目を注文しました。
今はそれが届くのを楽しみにしています。体調を崩しているときって、こういう小さな楽しみが意外と大事だったりしますよね。
音楽を聴いたり、ラジオを流したり、横になりながら少し気分を切り替えられるものがあるだけで、夜の長さが少し変わる気がします。
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写真で語る僕のインド放浪 #3
今回掲載する写真も、この組み合わせで撮影しています。
海外撮影、特にバックパック旅では、レンズを何本も持っていくことができません。荷物はできるだけ軽くしたいし、移動中にすぐ取り出せることも大事です。
そのため今回は、軽いカメラとオールマイティに使えるレンズ1本のみで挑みました。
Nikon D750 × AF-S NIKKOR 24-120mm f/4G ED VR
この組み合わせは、本当に旅向きだと思います。
広角で風景を撮れて、少し寄れば人物も切り取れて、町歩きのスナップにも対応できる。インドのように、何が起こるか分からない場所では、こういう万能レンズのありがたみを強く感じました。
しかもD750はフルサイズ機でありながら比較的取り回しがよく、長時間持ち歩いてもなんとかなる重さです。もっと軽いカメラも世の中にはありますが、やっぱりこのボディの信頼感は大きいんですよね。
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バラナシの朝、ガンガーへ

日の出を見るために、連日朝のガンガーへ通っていました。
バラナシの朝は、夜とはまったく違います。
夜のガンジス川沿いは、祈りと炎と雑踏が混ざったような濃い時間が流れていますが、朝はもっと静かで、もっと淡くて、でもその分だけ町の本来の呼吸がよく見える気がしました。
人々はそれぞれの朝を始めていて、祈る人、体を洗う人、ただ座って川を見ている人、仕事の準備を始める人、犬、牛、鳥、その全部が自然にそこにある。
観光地としてのガンジス川ではなく、生活の場としてのガンジス川が見えてくるのが朝でした。

こういう景色は、やっぱり朝ですね。
光が柔らかくて、川の色も空の色もまだ完全には目覚めていない感じがある。その曖昧な時間帯にしか撮れない写真があるなと思いました。
昼間になると熱気や人の多さが前に出てくるのですが、朝はもう少し静かなまなざしで町を見ることができます。
旅先で朝に起きるのは正直しんどい時もありますが、それでも頑張って早起きしてよかったと思える景色が、バラナシには確かにありました。



素敵な笑顔です。
インドで写真を撮っていて何度も思ったのは、やっぱり人の表情の強さでした。
こちらがカメラを向けると、恥ずかしそうにする人もいれば、堂々とレンズを見つめ返してくる人もいる。そして時々、こんなふうに何の構えもなく、自然に笑ってくれる人がいるんですよね。
その瞬間に立ち会えると、本当にカメラを持っていてよかったと思います。
旅先での写真って、景色ももちろん大事なんですが、結局いちばん心に残るのは人の顔だったりします。表情の中に、その土地の温度や、人柄や、空気まで詰まっているような気がするからです。



藤原新也さんの『印度放浪』を帰国してから読み始めたのですが、その中で「インドはすべて絵になってしまうから、撮らないということも表現である」というようなことが語られていました。
まさにその通りだと、自分の写真を見返しても思います。
インドは、本当にどこを見ても絵になるんです。光、影、路地、人、動物、色、祈り、混沌、その全部が強い。
だからこそ、何を撮るかだけじゃなく、何を撮らないかもすごく大事になる。
シャッターを切れば成立してしまうような場所だからこそ、自分がどこに惹かれたのか、何に反応したのかが写真に出やすいんだろうなと思います。
そしてそれと同時に、すぐにまたインドへ行きたいとも思ってしまうんですよね。
写真を見返すほどに、あの空気にもう一度触れたくなります。
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もっとインドを知りたい
ここでは少しの写真しか掲載していないので、早いところ写真集制作に入りたいなと思っているのですが、次回はジャイサルメールへ行く予定なので、そのあとでも良いかなとも思っています。
もっとインドを知りたいんです。
有名な観光地だけではなく、もっと生活の中に入っていくような旅をしたいし、もっと時間をかけて路地を歩きたい。町の匂いや、朝の音や、人々の仕草みたいなものを、今よりもう少し深く見てみたいと思っています。
一度行っただけで分かった気になるには、インドはあまりにも大きすぎるし、複雑すぎる。
だからこそ面白いんですよね。
旅先としての刺激だけじゃなく、自分の考え方まで揺さぶられる感覚がある。そこがインドの魅力だと思います。
撮影後記

この日、朝日を見るために朝からカメラを持ってガンガーをあちこち歩いていたら、チャイ売りの彼が僕に声をかけてきました。
最初は、いつものように「チャイ〜!チャイ〜!」としつこく言われるのだろうなと思って、適当にスルーしていました。
でも彼はやたらと声をかけてくる。
ふと顔を見ると、どうやら「買ってくれ」という感じではない。
「ん?」と聞くと、彼は英語ができないようでしたが、どうやらチャイをくれると言っているようでした。
そして、一杯のチャイを淹れてくれたんです。
「ありがとう」と受け取ったものの、正直その時の僕は、どうせ一口飲んだらルピーをせがまれるんだろう、と構えていました。
インド旅の中で、何度もしつこく物を売られたり、こちらの警戒心を試されるような場面があったので、そういうふうに身構えてしまっていたんですよね。
でも、彼は違いました。
チャイを受け取って飲んでいる僕をまっすぐ見て、ただ微笑んでくれた。
何か言われるのかと待っていると、彼はジェスチャーで手で四角を作って、人差し指を動かして、「写真を撮ってくれ」と言っているようでした。
そこで撮ったのが、この一枚です。
彼の真っ直ぐにこちらを見つめる瞳、佇まい、そして表情。その全部がとてもピュアで、無垢で、あたたかささえ感じるものでした。
こんなふうに、斜に構えて彼を見ていた自分に嫌気がさした瞬間でもありました。
これまでの旅で、いろんなインド人にしつこくあれこれ言われた経験が、自分の中で一人歩きしてしまっていたんですよね。人をきちんと見ずに判断してしまっていた。
仕方がないといえば仕方がないのかもしれないけれど、それでもやっぱり反省しました。
旅をしていると、防御的になることは大事です。でも、それが行き過ぎると、目の前の人をちゃんと見られなくなる。
彼の瞳は、今見てもとても真っ直ぐで、彼の人間らしさを感じさせます。
本当に優しい人だった。
そして、この写真を見ていると、とても可愛い人なんだろうなぁとも思います。
今日も明日も彼は、ガンガーのほとりでチャイを売っているのだろうか。
そんなことを考えると、またあの場所に行きたくなってしまいます。
まとめ|バラナシの朝と、一杯のチャイが残してくれたもの
今回の「写真で語る僕のインド放浪 #3」では、朝のガンガーを中心に、バラナシで見た景色と、チャイ売りの青年との小さな出会いを書き残しました。
インドの朝は、本当に特別です。
夜の喧騒が少しだけ静まり、祈りと生活が同じ場所でゆっくり始まっていくあの時間は、写真を撮る人間にとっても、ただ歩く旅人にとっても、ものすごく濃い時間だと思います。
そして旅の途中では、景色以上に、人との一瞬のやり取りが深く残ることがあります。
チャイ売りの彼との出来事も、きっとそういう記憶のひとつです。
疑うことと、信じること。そのあいだで揺れながら旅をして、最後に残るのは、やっぱり人の顔だったりするんですよね。
写真を見返しながら、インドという国の奥深さと、自分自身の未熟さと、それでもまた行きたいと思ってしまう魅力を改めて感じました。
ここでの掲載はまだほんの一部ですが、少しでもインドの空気を感じてもらえたら嬉しいです。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
このブログでは、旅・インド・写真・カメラ・フィルムのことをこれからも更新していきます。
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